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October 13, 2005

機内誌

NEC_0006-1129187959.1.jpgJALの機内誌。 ボクは飛行機に乗っている時は持参のiPodを聞きながら寝ているw。日中は航路によっては窓の外の景色を眺めているが、座席の関係もあり寝ることが多い。しかし電波を発する電子機器は使えないw上、上空に達し自動運転になるまではiPodでさえ使えない。着陸も同じ。つまり手動運転の時は乗客は電気モノを使えない事になっている。そんな時にボクは必ずコレを読む。JALの場合は「JAL WARD」という190頁A4/4cな雑誌だ。やっと時間ができた?ので読んでて面白かった記事を無断転載するー。ボクの大好きな養老先生だ!よかったらどぞー。






【旅する脳/養老 孟司(ようろう たけし】
「都市の秩序を支える、田舎という存在」
都会に住む中高年世代の間で、田舎暮らしが見直されているという。週末に趣味的農業を楽しみたい人、永住希望の人、さまざまだろうが、僕は田舎が見直されるのはいいことだと思っている。若い人は田舎は人間関係がうるさくてイヤだと言うが、それは保険の掛け金だと言いたい。日ごろの人間関係の積み重ねの中で、お互いに信用ができて、一生の一大事、たとえば家を買うなどというときに、すごく楽になるのだ。なじみの地元業者に頼めば、リフォームで詐欺に遭うなんてまずない。困ったときはお互いに融通する共同体の中で生きるほうが、結局は安くつく。これは鎌倉という田舎に長年住んでいる僕の実感である。
地域の共同体は田舎にしかないわけではない。東京でも下町には、昔からの地縁を大事にする習慣は少しは残っている。東京よりさらに都会のイメージが強いニューヨークでも、人種や民族ごとの小さなコミュニティーが、まるでパッチワークのように共存している。
どんな社会でも共同体は必要で、それを解体してしまうと、やがて社会のどこかにツケが回ってくる。いい例がリストラだ。共同体的考え方なら、リストラではなく、ワークシェアリングでいく。多少の欠点はあっても、ずっとやってきた仕事ならできることはある、というわけだ。ところが合理性ばかりを追求していくと、リストラされた人は生活に困窮し、ホームレスになってしまうこともある。定職に就けなければ、その人の生産性はゼロになり、社会全体を意地するコストが高くなる。結局、社会的な負担が増えるだけで、いずれ自分たちにしっぺ返しがくる。
目先の合理性や快適さを求めるのは都会人の特徴だが、すべての人がそんな都会型人間になってしまったら、社会は成り立たない。部屋を掃除すれば部屋はきれいになる。だが掃除機の中は掃除前の千倍汚れる。ゴミのある場所が移っただけだから、あたりまえ。つまりどこかに秩序(快適さ)を立てると、その分どこかに無秩序が発生する。都会が秩序正しくあるためには、どうしても、それを支える田舎が必要なのだ。
だから僕は、都会人でも年に3ヶ月は田舎で働く「参勤交代」を提案している。都市の中だけですべてが都合よく回っているかのような思いこみもなくなり、ついでに田舎の手入れもできる。その意味でも、田舎暮らしブームがブームで終わらなければいいと思う。


■ようろう たけし/解剖学者。
1937年神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業。現在、東京大学名誉教授。解剖学者としての顔のほか、エッセイ執筆や講演活動など幅広く活躍。著者に「バカの壁」「唯脳論」のほか、読書家としても知られ「臨床読書日記」なども。近著に「運のつき」「笑いの力」がある。

■養老孟司 リンク集
はてなダイヤリー
プロフィール
批判的な紹介文
NTV世界一受けたい授業より
唯脳論に反応したご意見(カルト系w)


■ひ。コメント
『部屋を掃除すれば部屋はきれいになる。だが掃除機の中は掃除前の千倍汚れる。ゴミのある場所が移っただけだから、あたりまえ。つまりどこかに秩序(快適さ)を立てると、その分どこかに無秩序が発生する。都会が秩序正しくあるためには、どうしても、それを支える田舎が必要なのだ。』
そゆことなんだよね。そー本当にそう思う。少し拡げた解釈をしてみよう。つまり問題は解決しない限り、逃げたり、よけたり、遠ざけたところで消えてはないって事だ。そして見えなくなって安心して、いつのまにか忘れちゃったりしている間にしっかり問題はどんどん成長して悪化していく。そして次の機会を狙っているのだ。次回であった問題は前回とは違って手強くなっている、前回と同じでは逃げられないし、よけられないし、遠ざけられないのだ。そして前回の数倍のチカラを費やし、同じようにしようとする、あわよくば逃げられる。けどまた次回があるのだ。結局、問題は解決すべきだ、それもかなり積極的に自分からどんどん近寄っていくのが正解ではないかなって思う。生まれたての問題にはそうそうチカラもないし、ややこしくもなければ、絡まってもいない。それなら何とかやっつけることができるかも知れない。そう思ってる。そうやっているうちにどんどん問題に対する処理の経験も知識も知恵も深まっていくのでこちらとしても多少の大きさの問題には驚いたりしなくなる、普通に処理できる。そんな風に思う。もちろん実践するのはそう簡単ではない。誰だってイヤだから問題なのだ。できれば他人に替わって欲しい。けど、それが無意味であると知ってしまえばそんな風に考えもしなくなってくる。後は自分の問題となる。まさに自分の問題なのだ。そしてよく考えると問題に取り組む事は決してイヤな事ではないのだ。問題解決とは現状がどーなっているのかを見極め、理解し、対処する。この対処だが、実はやりかたによっては非常に楽しくなっちゃったりする要素が隠れてる。つまり、「自分の理想にどーやったら近づくか」という対処を行えばよいのだ!問題を引き受け、結局は自分の思うとおりにしてしまう。何と!そー思えば決してイヤな事ではない。最も回りのひとは積極的に問題に取り組む姿を感心しちゃったり、評価しちゃったり、褒めたりしちゃったりしてくれる。ふふふ。本当はボクの理想に近づけようとしているだけなんだけどねー。おっと、誤解があるといけないので注意書き。この場合の「理想」とは決して「お金持ちになりたーい」とか「野球選手になりたーい」とかの類の夢的なものではなく、「どうせならこっちの方がいい」という選択肢における選択結果の事を指す。AよりB。それも言ってみればボク自身の希望や意見や好みや都合が入って総合的に判断した結果なので、「理想」というコトバで変換しているのだ。ん?ちょっとややこしいねえ。ボクが数少なく敬意を込めて「先生」と呼ぶ「養老孟司先生」のエッセイを読んだのでムズカシ難解モードになっているのでしょう。笑止!(謎)。

投稿者 hi : October 13, 2005 04:22 PM

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