December 31, 2005
大晦日
とうとう大晦日。誰もがやるようにボクも今年を振り返ろう。今年は本当に「サイアク」だった。こんなに予定からかけ離れた一年はなかった。いくらかのハプニングはあるものの、毎年目標のいくつかは達成する事ができていた。ところが今年は本当に違っていた。何もかもが違っていた。今年がサイアクであったのは、すべてが後手だったのが原因だ。ボクはほとんどの場合、よくもわるくも予想する。たいした事のないものから、人生の岐路に関わることまでとにかく予想するのだ。しかもよいパターンとわるいパターンの両方をだ。実際は悪いパターンの方がたくさん予想をする。そうして「準備」をするのだ。ボクにとってこの準備は非常に意味がある。まずこれから起きることを可能な限り予測する。すると、現実に起きた事に素早く反応し、対応できるのだ。だから予想はどんどん悪い方へと進化していく。自分の予想できる最低最悪な状況をアタマの中で組み立てる。現実は必ずそれよりかはマシである。全く予期しない事に出会うとひとは混乱したり、迷ったり、困惑したりしてしまう、当たり前だ。だから予想するのだ。予想する時、それなりに筋道を立てて予想する。「厚い雲が出てるし、蒸し暑いから雨が降るかも知れない。だから傘を持っていこう。」単純に言うとこんな感じだ。これが役立つ。世の中、こちらの都合通りにはまずいかない。いくことはないのかも知れない。だから何かに遭遇した時、組み立てて予想しておくと、今何をすればいいのかが直感的に分かるのだ。話が大分それちゃったけど。そんなボクでさえ、ボクの想像力を遙かに超えた「サイアク」が今年ずっと続いた。だから全て後手になってしまったのだ。何かが起き、それと対峙して、対処する。つまり何とかする事だけで過ごしてきたのだ。言うのは簡単だけど、本当にきつかった。あまりにも立て続けに起きるので、自分の芯みたいなものに対して持っていた自信も、疑ったりもした。浮いたり沈んだり。いい時もあれば悪い時もある。そんな事は判っている。そーゆー時、自分で耐え、もがき、自力で何とかしようとしていた。それがボクのこの「サイアク」に対してとった対応だった。それがどんな結果になるかはまだワカラナイ。今もまだ抜け出しているとは云えない。それが云えるのはずっと先なのだろうし、それが云えないのはまだその中にいる証拠である。ただこの「サイアク」がもたらしたものは被害だけではない。その中で色々な事を見つけた。再発見したものもあれば、新しく見つけたものもある。そしてずっと探していた答えが見つかったこともあった。今年は本当にボクにとって「サイアク」だった。そんなサイアクな一年が終わろうとしている。だからって息をつくつもりはない。やっと、やっと、やっと、ここまで何とか耐えたんだ。こっからだ。今はそう想ってる。
投稿者 hi : December 31, 2005 01:55 AM
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